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横浜地方裁判所 昭和56年(ワ)1838号 判決

原告

甲野一郎

原告

甲野花子

右両名訴訟代理人

吉永順作

被告

乙山次郎

被告

乙山太郎

被告

乙山春子

主文

一  被告乙山次郎は、原告らそれぞれに対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年八月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの被告乙山太郎及び同乙山春子に対する請求は、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告乙山次郎との間においては全部同被告の負担とし、原告らと被告乙山太郎及び同乙山春子との間においては全部原告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告らそれぞれに対し、金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五七年八月一八日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(被告乙山太郎及び同乙山花子)

主文第二項と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

原告らは、亡甲野明美(以下「明美」という。)の両親であり、被告乙山太郎(以下「被告太郎」という。)及び被告乙山春子(以下「被告春子」という。)は、被告乙山次郎(以下「被告次郎」という。)の両親である。

2  (被告次郎の不法行為)

被告次郎は、明美を強姦しようと企て、昭和五七年八月一八日午前二時二〇分頃、○○市○区○○町三丁目一八一番一号○○○荘アパート二階五号室の明美の居間に、台所の腰高窓をこじ開けて無断侵入し、明美を強姦しようとしたが、明美に騒がれたため、アイスピックで明美の胸、背中、腰等一二三か所を突き刺して明美を殺害した。なお、明美には全く何の落度もなかつた。

3  (被告太郎及び同春子の責任)

(一) 被告次郎は、昭和三三年一月六日○○市内で生まれ、昭和五一年春○○高校を卒業して大学を受験したが失敗し、二年浪人して昭和五三年春、○○大学に入学し、以後、被告太郎及び同春子から学費や生活費の仕送りを受け続けていた。

(二) しかしながら、被告次郎は、大学入学後、

(1) 学校にあまり出席せず、勉強も殆んどせず、

(2) 酒を飲むことが多く、

(3) ○○市内のトルコ風呂で遊んだり、○○町で知り合つた女性をホテルに誘つたり、○○大学の女子学生と懇ろになるなどして本件事件を起すまでに三〇人以上の女性と性的関係を持ち、

(4) 金使いが荒くなつて、両親からの仕送りだけでは生活費が不足したため、あちこちのサラ金業者から借金をしたり、大学のクラブ費約金一〇万円を横領するなどし、

(5) このため、学業成績は低下して、昭和五七年三月卒業予定のところこれを果たさず遂に留年し、同年四月以降は、殆んど大学に行かない状態が続いていた。

(三) 被告次郎は、昭和五七年の夏休みに、両親の下に帰省したが、テレビで高校野球を見たり、漫画雑誌や文庫本等を読んだりして勉強をすることもなく過ごした後、実家もあまり面白くなかつたため○○市内のアパート(明美の隣室)に帰つたものの、友人が皆帰省中であつたので、テレビや漫画を見たりしてそれに飽きるとパチンコをやつたりスナックに行くなどして遊んでいた。

(四) 被告次郎は、昭和五七年八月一七日、午前一〇時頃まではテレビで高校野球を観戦していたが、それにも飽きて○○駅西口でパチンコをやりゲームセンターでゲームをして遊んだ後、○○町の本屋で漫画などを立ち読みして時間をつぶし、午後七時頃からピンクキャバレーでいかがわしい遊びを行い、再度パチンコをやり、寿司屋で酒を飲んだうえ、さらにスナックに入つて酒を飲んだりしてやつと帰宅したものであり、その生活は、乱れに乱れていた。

(五) ところで、我国における大学生は、既に就職して社会人となつている一人前の青年とは異なり、半人前の人間として丁度未成年者と同視され、在学中は、両親から学費や生活費の支給を受け、両親の監督下にあるのが通例である。

そして、大学生が勉学に精を出さず、遊びに走つて成績等が下がつた場合には、両親がその大学生に対して注意を与え叱責して親としての監督を尽すのが常である。とりわけ、両親の下を遠く離れた大学生の場合においては、その行動を監督、指導、支配することができる者は、警察でも学校でも教授でもなく、その両親以外にない。また、大学生が犯罪を犯したり他人に迷惑や損害を与えた場合には、両親が被害者に陳謝し、その被害を弁償し、慰謝料等を支払うのが我国における慣習である。

従つて、被告次郎の両親である被告太郎及び同春子は、大学生である被告次郎の下宿先を訪ねたり大学に赴いて教師と相談したりして同被告の状況を完全に把握して同被告の考えを聞きまた意見をする等、親としての監督を十分に尽すべき義務があつた。

(六) 然るに、被告太郎及び同春子は、被告次郎の前記(二)ないし(四)のような乱れに乱れた生活状態を十分に知悉していながら、全く何の監督もせず放置して、前記(五)の監督義務を怠つたものである。

即ち、被告太郎及び同春子らは、被告次郎が大学に在学した約四年の間に、同被告の住居を四、五回しか訪れず、それも、同被告のサラ金業者から借金や大学のクラブ費の横領金を同被告にかわつて返済したとき及び大学のゼミ担当教師からの出頭要請に応じて同教師と会つて話したときなど何か問題が発生したときだけであり、これらの際にも、同被告を強く叱責することなく、その後は直ぐに放任状態に置いていたものである。

(七) 被告太郎及び春子らの右監督義務懈怠と被告次郎の前記2の不法行為によつて生じた結果との間には、相当因果関係がある。〈中略〉

理由

一被告次郎に対する請求につき

請求原因1、2及び4項の事実は、被告次郎において明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。

また、右争いのない事実及び弁論の全趣旨によれば、請求原因4項(二)ないし(五)の各損害額は、被告次郎の本件不法行為と相当因果関係のある損害額としていずれも相当であると認められる。

二被告太郎及び同春子に対する請求につき

1  請求原因1項の事実は、原告らと被告太郎及び同春子(以下「当事者」という。)との間で争いがなく、同2項の事実は、〈証拠〉により、これを認めることができる。

2  そこで、同3項につき検討する。

(一)  (事実経過)

右1項認定の事実、当事者間に争いのない請求原因3項(一)の事実、〈証拠〉によれば、被告次郎は、昭和三三年一月六日○○市内で被告太郎及び同春子の子として生まれ、昭和五一年春○○高校を卒業した後、成人に達した後である昭和五三年四月○○大学に入学し、このため関西方面に居住する被告太郎及び春子らの下を離れて○○市近辺に居住することとなつたが、被告太郎からの仕送りを受け続けていたこと、右大学入学後約二年間は、不特定多数の女性と一時的な遊興をすることもあつたが、右大学のグリークラブに加入して右クラブ活動と勉学とにそれなりに取組んでいたこと、昭和五五年夏頃、右クラブ活動を通じて知り合つた○○女子大学の学生と肉体関係を結ぶに至り、同女と情交を重ねて結婚を誓い合う間柄となつたこと、この頃から勉学をおろそかにするようになり始めると共に金使いが荒くなりサラ金業者から約金七〇万円の借金をしたり右クラブ費約一〇万円を使い込むなどするようになつたこと、ところが、同女が昭和五六年三月○○女子大学を卒業して郷里の○○県内の中学に教師として就職することとなり、その後昭和五七年一月頃までの間、同女が月一回位○○近辺に来るなどして同女との交際を続けていたが、同年三月頃、同女から「暫く会いたくない。結婚の話は白紙に戻したい。」旨申し向けられて交際を拒絶されたこと、その頃、卒業に必要な履修単位不足のため卒業できなかつたこと、これらのことなどから、同年四月以後は、勉学をすることもなくマージャンをしたり飲酒したりの自堕落な生活を続けていたこと、本件不法行為前日からの生活状況は、請求原因3項(四)記載のとおりであつたこと、成人に達するより前においては生活態度等に特に問題もなく、本件不法行為以前に前科前歴などなかつたこと、本件不法行為当時二四歳の成年者で責任能力もあつたこと、他方、被告太郎及び同春子は、被告次郎が○○大学に在学中の約四年間に、四、五回位同被告の住居を訪れ、正月、夏休みなど同被告帰省の際に顔を合わせていたこと、同被告の大学入学後の詳細な生活状況等は知らなかつたが、同被告がサラ金業者から借金していたことや女性との交際があることを知るに及んだときには、同被告に対しそれなりに注意を与えていたこと、同被告の昭和五七年四月以後の自堕落な生活状況については知らなかつたことが認められる。

(二)  (被告太郎及び春子の責任)

以上の事実によれば、被告太郎及び同春子が、事実上、成人後の被告次郎に対し、その生活態度等につき忠告、指導等をすることができる立場にあつたことは認められるけれども、被告太郎及び同春子が、法律上、成人後の被告次郎に対し、その生活態度等を監督すべき義務があつたことまでも認めることはできず、また、被告次郎が成人に達するより前においては生活態度等に特に問題もなく、本件不法行為以前に前科前歴などなかつたことからすると、被告太郎及び同春子が、同被告らが知りえた被告次郎のサラ金業者からの借金や女子との交際などから同被告の本件不法行為を予想しえたということもできないから、被告太郎及び同春子が被告次郎に対しその生活態度等につき忠告、指導等をしなかつたために本件不法行為が生じたと断ずることもできない。

そうすると、被告太郎及び同春子が原告らに対し、被告次郎に対する監督義務の懈怠を理由として、不法行為による損害賠償義務を負うことを肯認することはできず、他にこれを肯認するに足りる事由も認めることはできない。

三以上の次第で、原告らの被告次郎に対する本訴請求は理由があるのでこれを認容し、原告らの被告太郎及び同春子に対する本訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(林泰民 橋本昇二 中村哲)

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